但し、‘小さな一区画’といってもそこにはこの堂々たる川が流れ、無数の湖沼が点在し、二千頭の牛が放牧されているそうですから、スケ−ルが違います。

風の止む静かな時間に高台に立てば、足元には空ほどにも大きく思われる大地が、静かに、そして圧倒的な存在感で横たわっています。大きさを表現する最大単位が所詮『東京ド−ムX個分』、という僕ら島国の人間には、どう受け止めてよいか戸惑うほどの感覚です。
あまり宣伝活動を行っていないこの宿。釣り目的よりも、むしろ乗馬やハンティング、農園滞在を目的に訪れる客が多いとのこと。この雄大な自然環境と楽しいアトラクションの数々を見ればそんな休暇の魅力も容易に想像することができます。

ゲスト用の寝室はダブルが三室。とはいえ訪れるゲストの数はさほど多くはなく、冬場のハンティングシ−ズンを除けば、おそらく他にゲストはおらず、邸宅ごと貸し切りでくつろがせてもらえることと思います。
昼下がりの強烈な太陽も厚い石壁の中までは届くことなく、ひんやりとした空気の底で楽しむ昼食後のシエスタは、赤ワインの余韻を楽しむに最高の贅沢です。

この宿では王子、ガイドとテ−ブルを囲み、
王侯貴族流にゆったり食事を愉しみます。
そして視界を埋め尽くす酒と料理の数々・・。

現世のくびきを束の間忘れ、めくるめく享楽と放蕩の三日間を過ごされたい向きには、
ここ、LaPeladaの訪問を強くお薦めします。
問い合わせはAugusto王子まで。




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地上の楽園に長居はできないのがプロレタリア−ト階級の哀しいさだめ。とはいえどうせ束の間の夢なら、とことん甘い夢に溺れてみるのも悪くはないでしょう。

そこかしこに色とりどりの花が咲き乱れ、広い庭の一角にはゲスト用のプ−ルも。愛らしい二匹の番犬、フリアンとディエゴ、なんとなく通りかかるブタの家族、急ぐでもなく、かといって勿論退屈するひまもなく、楽園の昼下がりは鷹揚と過ぎゆきます。

このエスタンシアを管理するRohner家は200年ほど前に移住してきたドイツ系移民にル−ツをもつ家系。
アルゼンチンの田舎では今も土地の実力者や家長を敬意をこめてドンと呼びますが、先代のドンが亡くなった際に4人兄弟の末弟であった現在の領主殿が、その遺産のうちの小さな一区画を相続したのがこの荘園の始まりだとのこと。まだ荒れ地であった川辺の高台を開墾するにあたって、LaPelada(禿げた土地)と、ヒネった名前を付けたのが今から30年ほど前のことだそうです。
そしてこちらが荘園の若旦那、Augusto。特に定職をもつでもなく、身の回りのことは召使い、牛回りのことはガウチョ(カウボ−イ)任せ。趣味はテニスとナンパ、映画鑑賞という、究極の管理職です。実は早朝のエスキ−ナまでオンボロトラックで迎えにきてくれたのも彼であり、その気さくな人柄からは全く王子臭が感じられないのですが、彼に言わせると、人生とは即ちお遊び。そしてゲストを迎えるのは、より楽しいお遊びとの事。
La Vida de Vacaciones、お遊びの人生、そんな不遜な言葉もそれを完全に実践している王子の口から聞くと我々は言いようのない感激に打たれたものです。

ゲストを楽しませようとサ−ビス精神旺盛な王子、雷を受けて破裂したというアカシアに案内してくれました。ロイヤルスマイルに小市民はもうメロメロ!

コリエンテス川がパラナ川へ流れ込む三角州、その岸辺に賑わう地方都市、エスキ−ナ。今回僕らがお世話になった宿、エスタンシア・ラ・ペラダはこの街から北へ未舗装路を走ることさらに小一時間、緑豊かな牧地の一角で、小高い丘の上から川を見下ろしています。

領主の別荘として建てられた石積みのゲストハウスは風格すら感じさせる重厚な秀作ですが、なにせそこへ辿り着くまでのあまりにワイルドな大地、そして眼下に広がるコリエンテス川の堂々たる遠景を見てしまうと、この立派な邸宅ですら、ひっそりと佇む隠れ家のように思えてくるから不思議です。

La Pelada