静かなることを学べ・・・


流れが直線的なため、ここぞ、というポイントはそう多くありません。そこを時間を置きながら、ハム奥様に何度もカバ−させるのですが、一向にサ−モンは応えてくれません。水位が落ちて流れは読み易く、フライを重くする必要もない。魚がいれば反応するのはココ!!というポイントが沈黙してしまうと、結構手詰まり感が漂う遡上魚の釣り。ほんと、僕好きじゃないんです。

唯一の新たな発見はシ−トラウト。夏には見られなかった降海型の個体、最大は42pまででしたが、これを見れたのが収穫でした。
そうそう、今回は近所の猫が遊びにきたり、立小便に出てふと見上げると北の空にオ−ロラが踊っていたり、なにかとAnatoly邸での時間が充実しました。

日が長すぎないってのも、実は悪くないもんです。



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釣り始めると早速、微妙な抵抗が。

ん? 藻? ゴミ?

なんだろうこの懐かしくも残念な感じ、、、
ああそうか、キミか。

まだ存命の魚が流れの弛みに相当数溜まっており、スイングの最後を丁寧に流しきると結構な確率で掛かってきます。最初こそ、『ひさびさのカラフト〜!』と楽しんだのですが、ほぼ死を待つだけの魚の釣り味は脱力感全開。勝手な物言いですが、二三匹ずつ釣るともう避けるようになります。
二日目、目先を変える意味で左岸に陣取ってみました。夏の訪問時も一日を過ごしたのですが、急崖の多くは雪に覆われ、立ちこむスペ−スも限られており、釣りにくかったポイントです。

雪が消え、水位が落ちた今ならまずまず快適に釣りができそう。
カラフトと小物の鱒だけで一日目は終了。
宿に戻ってサウナ風呂。たまんねえ・・・

Anatolyロッジの夕食は相変わらず美味で、外の寒さがまた、ロッジの快適さを際立たせてくれました・・・
毎度Murmanskへのフライト、そして8時間の陸路移動を経て、やってきましたVarzuga村。

6月の訪問時、ついに最後まで姿を見せてくれなかった中洲ですが、さすがに今では水位が落ち、冷たい風にススキのような枯れ穂が揺れています。
実際、釣りのポイントとしてはこちら岸のほうが良さそうでした。が、広い河原がないためチビを遊ばせておける場所は皆無。川岸も滑りやすく危険なため、釣り技能以前に保護者の監督責任が問われるフィ−ルドです(-_-;)

やむなく石遊びなどに付き合っていると、
ふむ、、、こんなところにも小さな秋が・・・
極北の秋は短く、例年この時期気温は日に日に下がってゆきます。幸い今回僕らの訪問時は、厚い雲に覆われたことが幸いしてか、日中の気温は10℃近くで安定し、まあ快適と言える状況でした。


今回は強引にも奥様とチビを連れての家族旅行。虐待感を緩和するため、一応テントを用意してみた次第ですが如何でしょう?
フィ−ルドは結局夏と同じ、村から3qほど上流のPublicBeat。見飽きた景色ではありますが、水位が4か月前と比べると70p程低く、おかげで岸際が歩きやすくなっているのは助かります。カラフトの死体だらけですが、まあそれも情操教育の一環と割り切り、踏み越えてゆくしかありません。
ロッジオ−ナ−のAnatoly、またモスクワFlyshopの事情通の話によると、水位が落ち着く秋、数は少ないがコンディションのよいAutumnRunのサ−モンが遡上してくるのだとか。また、水温が8度前後と比較的温かいうちは夏と同様、Floatingラインと小型のフライで軽快な釣りが楽しめる(こともあるよ)とのこと。

夏の釣りに向けて巻き貯めていたフライ達、活躍の場がなかった彼らを存分に泳がしてやりたいその親心、それが僕を凶行に駆り立てたのかもしれません。
大いに迷った。行くべきか、止めとくべきか・・・。

僕の会社では年次有給休暇の締めにあたり、使い残した権利が消滅してゆくのを複雑な気持ちで見送る例年9月末。日本ならば秋晴れ、ちょっとした旅行も企画しやすいタイミングですが、こちらロシアではもう晩秋、雪の舞うこともある微妙な時期。

南(欧州)へ行くか?いや、それほどまとめて休みも取りにくい・・・。悶々とした葛藤を経て、比較的短日程でも成立する国内旅行に落ち着いたのでした。

向かった先はまたまたVarzuga。モスクワから最も近いまっとうな釣り場が遥か北極圏のこの川という悲しさ、お分かり頂けますでしょうか・・・。
Fishy Trips
Varzuga in Sept '17 - 1
いざ立ちこんでみると、ふむむ、、、夏より低いとはいえ、それでも水は多く、流れもなかなか強い。昨年夏の初回訪問時に比べるとまだ30cmは水が高い印象です。また、冷夏だったとはいえそれなりに太陽を浴びた川底は薄く藻が生えていて滑り易い。注意を要するウェ−ディング。
宿で一泊し、翌日から三日間の釣り。

フィ−ルドに着くなり、そこかしこに打ち上げられたカラフトマスの屍が目につきます。もともと太平洋岸にしかいなかったこの魚、ソビエト時代の食糧増産策の一環で、こちら大西洋側の河川にも移入され今に至ります。ご存知の通り二年魚の彼らは遡上規模が隔年で変動し、ここVarzugaでは奇数年が遡上の多い年。

累々と横たわる屍の密度を見るに、相当の遡上があったことがわかります。