『ありがとう。この先は浅くて草が多いから舟は通れない。歩いていくよ。』 これを聞いて慌てたのは僕達です。『無茶言わんと!まだ2kmはあるやん!途中深い所あったらどうすんの?ワニやっておるし!』 僕がそう言っても、朗らかに笑いながら水に入ってしまいます。ガイドのPetoまでが心配して引き止めるのですが、腰まで漬かった彼は家族へのお土産であろう、パンの詰まったカバンを肩にかついで歩き出し、『大丈夫。それに島の家族は僕にもう気づいているはずだよ。いつも湖を見て暮らしてるからね。さあ、君らは釣りに行かないと!』 水草に絡んだ僕らの舟を、深みに押し戻してくれるのです。

彼の背中が一歩一歩小さくなってゆきます。僕らはそうは言っても心配で、その様子をじっと見守ります。

僕は自分の不遜を恥じました。自然保護は勿論意義のあることです。しかしそれは後からやってきた文明の勝手な決め事に過ぎません。そのようなものを全く超越し、文明と隔絶した場所にあってなお、それゆえにこそ一際輝く、生活者としての人間がそこにはいます。

『・・・あれ、見えるか?』 Petoが彼の姿の消えた方角を指して聞きます。僕らには何も見えません。『・・・舟や。あいつの言うた通りや。・・・家の者が迎えに来よるらしいな。』 僕はへさきに立ち上がり、度付きの偏向グラス越しに精一杯目を凝らしてみました。僕には見えません。遠いからなのか、遠い存在だからなのか、、、僕はいまさらながら少し悲しく、しかし同時に鮮烈な感動をおぼえました。人でありながら自然でもある遠い存在の彼と、僅か一瞬とはいえ、人生が交差したことに。
夕暮れの静謐。鳥のさえずりももう聞こえなくなりました。

しかし僕らは学びました。緑の魔法に閉ざされた迷宮の奥深くには、地図にも出ていない小さな島々が浮かび、そのひとつひとつにも人間の営みがあることを。

『その島は地図には出ていない。良き地は常に記されない。』 『白鯨』の一節がふと思い出されました。



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湿原は絶えずその姿を変えます。風が吹くたびに浮島は水面を移動しますし、水底に根を下ろした葦の群生にしても、月日とともに繁茂し、また失われていくからです。20年に渡ってこの水域を釣り、またガイドをしてきたPetoにしても、『実際行ったことのあるのはIberaの1割以下じゃないかな。こないだセスナで上を飛んだ時、あまりの広さに気が遠くなったよ。』と言います。水深が浅く、しばしば水草が水面まで茂っているために、プロペラで進む舟にはおのずと限界があります。『ここを本当に知っているのはここで生まれ、ここで漁をして暮らす者達だけだろうな。』とのこと。

ここでの釣り三日目、水辺でひとりの若者が、岸際の草むらに捨て置かれた古い小舟から雨水を掬いだしていました。聞けば彼はこの湿原の中の島に生まれ、今は農園のガウチョとして出稼ぎに出ているが、これから島に帰省するところだとか。しかしそのオンボロ舟たるや、とても水に浮くシロモノとは思えません。ましてここはワニやピラニアの泳ぐ野生の世界。全く意に介さない彼を強引に説き伏せ、我々の舟で送り届けることにしました。彼の的確なナビゲ−トに従いPetoが舟を右に左に旋回させます。やがて我々は緑の迷宮を抜け、彼の家族が住むという小さな島影を水平線に見つけました。

Esteros del Ibera。それはコリエンテス川の最上流部に位置する亜熱帯湿原。空と水と草が織り成す不思議な世界です。

この茫漠たる空間、その規模は実に約1万8千平方キロ。東京都が8個、或いは日本最大として有名な釧路湿原が90個入ると聞けば、その圧倒的広がりが想像できるでしょうか。

イベラ−というのは先住民の言葉で『輝く水』を意味するそうです。砂礫質の底から湧く豊富な地下水は、茶色に染まってはいるものの峻烈に澄みきり、琥珀色の光揺らめく不思議な水中世界を育んでいます。

一方水面上に見えるものといってはヒヤシンスやホテイアオイの浮島か、Carricoと呼ばれる葦の穂ばかり。水と草と空。原始美に満ちた世界です。
Esteros del Ibera